【山地剥上爻変】飲み代に5000円は払えるけど、5000円の本は高いと感じる人が多いからこそ

 

山地剥上爻変

爻辞:碩(おお)いなる果(このみ)食(くら)われず。君子は輿(よ)を得、小人は廬(ろ)を剥す。

大きな樹木に1つだけ食べられずに残った果物がなっている。賢い者はこの果実を食べずに地に埋めて新たな芽を育て再び発展する。愚かな者はこの果実を食べて家屋の屋根もろとも全てを失う。

 

山地剥の上爻変です。この卦が出る時は大きな岐路に問われている場合が多くて、転職とか引越しのご相談などで出ることがあります。爻辞の意味としては「どうせ最後の果実も食べてしまうんでしょ?」というニュアンスが強いのですが、実際この卦が出る時はギリギリのところで気づいて行動する人である場合が多いです。

講座などでこの爻辞の説明すると、多くの人が「私も果実を食べずに、種を埋めて育てる」という意見の方が多いのですが、実際頭ではわかっていてもなかなか行動に移せない人も多いです。

どうしても目先の利益を追い求めてしまい、長期的に見たらどうするべきか…という「損して得取れ」という考え方ができる人って少ないんですね。会社員時代にも「何か副業をしたい」と相談されることが多かったのですが、目先の利益を追い求めて投資できない人が多いことに驚きました。

「飲み会に5000円は簡単に出せるけれど、5000円の本は高い」と、最後の果実を食べてしまう人が本当に多いのです。5000円あれば動画編集のソフトも買えますし、通信講座で勉強することもできます。美術館や博物館を見に行くのもいいですし、ネットショップを開くこともできます。なのに、多くの人がそういった「可能性」に対する投資をケチるのです。

いろんな情報やサービスを無料で入手できる世の中になりました。元手がなくても新しい仕事や事業は始められます。ハードルがめちゃくちゃ下がっています。しかし、それでも「長期的に考えて果実を埋められる人」と「最後の果実を食べてしまう人」が分かれます。そして、後者のほうがいつまで経っても何を言っても「種を埋める」という発想が湧いてきません。

20万年前に発生したとされるホモサピエンスも長い間「狩猟」による「その日暮らし」的なことをしてきました。農耕が始まったのもせいぜい数千年です。まだまだ狩猟時代の方が長いです。なのでどうしても「とりあえず飲みに行く」と考えてしまうのは本能レベルで見ると普通のことなのです。

僕が見ている感じだと8割ぐらいの人が「目先のことにはお金を使うけれど、長期的なものには投資しない」という感じだと思います。だからこそ、一歩踏み込むだけで差がつきます。やらない人が多いからこそ、やった人は結果が出やすいんですね。

それで「投資する」というキーワードを使うと、これもおもしろいことに副業などの相談をしてきた人は「株?FX?」といったことを言い出すのですが、そういうことじゃないんですね。そして何度も方法ややり方を具体的に説明するのですが、最終的に「何もやらない」んですね。山地剥上爻変の話をすると、本当に多くの人が「最後の果実は食べない!」と豪語するのですが、実際に行動できる人が本当に少ないのです。

あとは何かこう「自分には特別な才能があって、それをやり始めたらみるみるうちに成功する」と思っている人もけっこういるんですけど、なんというか現実ってもっと地味だし、何の変哲もないものの積み重ねなんですね。とにかく淡々と種を蒔いて、うまく育ったものとそうじゃないものを検証して…の繰り返しなんですね。いずれにせよ「最初の一歩」を踏み出して、最後の果実を食べるのではなく、埋めるところから始める。これに限ると思います。何でもいいんです。最初から利益にならなくても。「可能性が生まれること」が大事なんです。

にしけい

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書いている

西田 圭一郎

1987年富山市生まれ。工学修士。 商社の開発営業職を辞めて、占いや相術を生業にしています。本と旅とポケモンと文章を書くことが好きです。黒も好きです。どの国に行ってもスチューデント扱いされます。詳しくはこちらから。

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