知識やシンボルにとらわれずに素直に現象を見るというアプローチは案外間違っていなかったのかもしれないと、最近つくづく思います。多くの占いがシンボルや言葉や数字を扱います。これらの「情報」は確かにイメージや刷り込みを形成する上で役に立つのですが、あくまで潜在意識へのアプローチとしては間接的になってしまいます。例えば「1ヶ月で5キロ痩せるぞ」と目標を掲げたとします。「1ヶ月で5キロ痩せる」と書いた紙を家中に貼り、1日に10回「5キロ痩せる」と口にしたとします。しかし、実際に何もしなかったらもちろん痩せることはありません。
現象(結果)は潜在意識に大きく依存します。無意識の行動です。相(形)は無意識の集積物です。無意識の残滓というか、影といっても良いでしょう。つまり、実際の結果につなげるには記号やシンボルや言葉、もっというと「他者が定義した情報」では変わってきません。多くの占いではシンボルや記号や数字を用いて言葉としてアウトプットされます。これだけでも十分に潜在意識にアプローチできる人もいますが、かなり工夫する必要があります。ただ単に「あなたは火の要素ですから、金運がいいですよ」と伝えたところで実際に結果が出る人はごくわずかでしょうし、先述した「1ヶ月で5キロ痩せる」という張り紙と同じようなものです。もちろん「誰に言われるか」で同じ言葉でも状況は変わってきます。自分が心から信用を寄せる相手や、自分を心から理解してくると思える相手から言われたら同じ「情報」でも結果が変わってきます。
情報より刺激
ボタンを押すと何かしゃべってくれるロボットがいて、そのロボットに「アナタハコレカラ必ズイイコトガアリマス」と言われたとしても「なんかロボットが言ってるなー」ぐらいにしか思わないでしょう。しかし、あなたにとって魅力的に見える人物が正面から歩いてきて、すれ違いざまに、あなたの耳元で「あなたには必ずいいことがあります」とささやいたとします。
同じ言葉(情報)なのに、印象やその後の行動や結果が変わってくるはずです。もしかしたら、ささやかれた瞬間心拍数や脈拍が上がり、その夜ワクワクドキドキして眠れないかもしれません。つまり何が大事なのかというと「情報」ではなく「刺激」なんですね。実際に心拍数が上がるということは、既に現象が変わってきているのです。潜在意識にダイレクトに届くのは「情報」ではなく「刺激」なんです。そして、それによって何が起こるかというと「イメージ」が変わるのです。魅力的な誰かに囁かれて刺激を受けたら「いいこと」を探し始めます。「自分にはいいことが起こるかもしれない」というイメージを描けるようになることが大事なのです。
すっごい極端なことを言うと、自分の好みでもない、信頼もおけないけれど、すごい知識がある専門家に占ってもらうよりも、自分の大好きな人に一言「あなた、今年最高にいけるよ」と言われたほうが現状が変わる可能性が高いということです。もちろんすごい知識がある専門家の方が信頼できる、良い刺激になるという場合もありますから、そのあたりの性癖というか趣味嗜好は人それぞれですけど、人は「情報」よりも「刺激」のほうが実行動や現象に変化を与えられるんですね。
恐怖を使ったアプローチ
「懐に入る」という言葉がありますが、この「懐」というのはおそらく無意識や潜在意識のことだと思います。そして「懐に入る」というのは「情報」ではなく「非言語化ゾーン」に入り込むことだと思います。この懐に入り込む方法に感情を揺さぶる<刺激>が必要なのですが、常套手段として用いられてきているのが「恐怖を煽る」というものだと思います。これがけっこう有効なんですね。恐怖というのは「イメージ」のさらに奥にある「本能的な部分」に直接アプローチできるので、かなり強烈なんですね。「凶作用が」とか「不運が起こる」とか「徳を積んでいないと悪い」とか「地獄に落ちる」といった切り口というのは「恐怖」による相手の支配なんですね。「自分に悪いことが起こる」というイメージは学習本能が強い人、「失敗したらどうしよう」「正しいことをしなければ」という分化傾向が強い人ほどハマりやすいんですね。そして、分化傾向が強い人は「記号」や「言葉」といった「情報」に対する感受性が強烈だったりします。
しかしこういった「恐怖」という刺激を使った潜在意識へのアプローチは「状況を好転させる」という力はあまりもっていないんですね。現象が特定の方向に収斂していくので、状況の変化に対応しにくくなっていきます。機転がきかなくなるというか、思い込みが強くなっていくんですね。自分のまわりに四つ葉のクローバーが咲いていても「四つ葉のクローバーなんてあるわけない」と気づきにくくなってくるんですね。そして「四つ葉のクローバーがあった!」と喜んでいる人に対して「もっと現実を見ろ!そんなわけあるか!」と否定的、排他的、攻撃的になったりします。しかし、現実というのはどこまでいっても偏っていますし、偏見やイメージが入りますので「現実を見ろ」という人が現実を見られているかというとそうではなかったりします。
無意識は現象に現れる
ということで、話が少しそれてしまいましたが、本当に流れを変えたい場合は「情報」よりも「刺激」をどう扱うかがカギになってくるわけです。そして、自分がどういう状況なのかを知るためには「自分が見ている世界」つまり「無意識に選んでいるもの」が何なのかを見つめ直す必要があります。顕現相術はそういった「自分に何が起こっているか」を見る、占いというか、なんというかライフハックみたいなものです。「無意識を意識する」ために現象を見る。自分を離れて自分を見る。自分が何に反応して、何を拾い集めているのか。この導入のひとつに顕現相術があります。
顕現相術は現象を見ていきますので、まず「許容」が前提にあります。自分が何をしているのか、何を選んでいるのか。「悪い」とか「良い」とかを抜きにありのままを見ていきます。そして次に「関心」があります。自分自身や身の回りに起こる現象への関心を進めることで、許容も強まっていきます。「なるほど、自分はこんなことをやっているのか」「こういうものに興味関心があるのか」「こんなことをやると体調を崩すのか」という風に観察していきます。
これができるようになってくると情報や記号といったものがあんまり意味がないというか、気にならなくなってきます。自分が本当に何を求めているか、何を好きなのかがわかってくるため、言葉よりもリアルさや臨場感といった「刺激」に敏感になってきて、最終的にその刺激を「利用」するようになってきます。何にワクワクするのか。誰と一緒にいたら楽しいのか。自分の財布の中身を見るためには、自分が財布の中に入っていてはわかりません。財布を上から覗き込むから財布の中身がわかります。「懐」を知るには「懐」の外に出て、意識的に自分が意図する「懐」に入り込めば良いのです。
シンボルや記号や言葉は「それっぽい」ですし「情報」なので扱いは楽なんですけど、それが必ず役に立つかというと、補助的なものなんですね。役に立たない人にとっては全く役に立ちません。言葉や情報は油断すると「自分が集めたいもの」ばかり集めます。そうなってくると「許容」が生まれてこないんですね。どうしても「これは自分が集めたいものじゃない」という線引きが起きてきてしまいます。
というようなことを、顕現相術-基礎実践縦断講座-でお話しております。
無意識に選択したものを意識する。そして、これを少しずつ変えていく。すると現象が変わってきます。
いってきます!
にしけい