「学校の勉強がやだ、宿題したくない」と嘆く長女を見ていて、過去の自分と重ねていました。
僕も勉強が苦手でした。長女と同じように僕も算数が苦手でした。最初のハードルは引き算でした。なんで目の前からりんごが消えるのか意味がわからなかったのです。
そんなこんなで今、自分は教えるお仕事をしているのですが…
過去の自分も含めて、勉強や学習につまづく人の頭の中がどうなっているのか言語化できそうなので、書いていきます。
チューイングガムカリフォルニアロール食べたことありますか?
まず結論を言うと、勉強や学習でつまづく人とそうでない人の違いは「結びつける力」のようです。
これは国語も算数も社会も理科もそうなのですが「結びつける力」が弱いと、どうしても何かを学ぶ上でつまづきます。
例えば、新しく「チューイングガムカリフォルニアロール」という言葉を耳にしたとします。
このとき「チューイングガム」と「カリフォルニアロール」というものを知識として知っていれば「カリフォルニアロールの中にチューイングガムが入ってるのかな」と想像することができます。想像するとちょっと気持ち悪いです。どう食べていいか分からず「うえっ」となるかもしれません。
ではここで「カリフォルニアロール」というものが何なのか知らないけれど「カリフォルニア」と「ロール」という言葉の意味は何となく知っていたとします。
「カリフォルニア」は海外の地名です。「カリフォルニア?海外?どこかの州?」と連想して「ロール」は「巻いてある細長いもの」なので「海外の特定のエリアの細長いもの?」と連想するかもしれません。
ここで「チューイングガム」は「昔そう言えばよく噛んだな」と噛んだ経験をしたことがあれば「どこかの国で生まれた細長いチューイングガム?」という連想をするかもしれません。
このように「新しい言葉」や「概念」が出てきたときに、人はこれまでに蓄積した知識や情報を引っ張り出してきて「結びつけて」新しい言葉や概念を理解しようとします。
「チューイング」も「ガム」も「カリフォルニア」も「ロール」も知らない状況だと「チューイングガムカリフォルニアロール」という言葉を聞いただけでは、言葉の切断部分すらわかりません。
「チュー」「インガ」「ムカリフォル」「ニ」「アロール」となるかもしれません。
洗濯機を修理する
突然ですが、あなたの目の前に壊れた洗濯機があります。
そして、その洗濯機の近くに「洗濯機のネジ」が落ちていて、あなたは洗濯機を修理しようとドライバーを探しに物置へいきます。
「あったあった、これで直るだろう」と、あなたは1本のプラスドライバーを手に嬉しそうに洗濯機へ歩み寄ります。
しかし、そのプラスドライバーではネジ穴が合わず、ネジをとめようにもうまく止まりません。そもそもこれはプラスネジではなく何やら形状が違うようです。
ここであなたならどうしますか?
①別のドライバーや工具を探しにいく
②同じプラスドライバーで何とかネジをしめようと試みる
多くの人が①の「別のドライバーや工具を探しにいく」を選ぶと思います。
しかし、勉強や学習につまづく人は②を選びます。
手元にある1本のプラスドライバーで強引にネジをしめようとするのです。
「そんなわけないだろう」と思われるかもしれませんが、実はやっていることはこれと全く同じなのです。
1本のプラスドライバーに執着する
新しく出てきた「概念」や「言葉」は新しいというだけあって「未知」なわけです。
先ほどの洗濯機の話で言えば「ネジ」です。
もっているプラスドライバーではうまく噛み合いませんでした。
既存の工具、つまり自分の中の既存の知識や経験だけでは「結びつき」が見いだせません。
そうなってくると「新しい工具」が必要になります。
しかし、勉強や学習につまづく人は「自分の中にある数少ない経験や知識(1本のプラスドライバー)」と「新しい概念(未知のネジ)」を無理矢理結びつけようとします。
その結果、違和感が生まれたり、新しい概念が全く理解できなかったりして、これがボトルネックになります。
ここで「とりあえず新しい工具を探しにいくか」と素直に「いろんなこと」をインプットすれば、工具が増えるので、目の前のネジをしめるのに良さそうなものが出てきます。
「いろんなこと」をインプットした分だけ、新しい言葉や概念を理解する確率が高くなり、学習スピードが早くなります。
冒頭に述べた「結びつける力」というのは「いろんな工具(知識)をもっているか」ということなんです。
なので、何かを学ぶ上で「インプット」つまり「工具を増やす」ことができないと、いつまで経っても新しい概念は理解できません。
「工具を増やそうとしない」つまり、頑固な人は「偏った知識」ばかり増えていきます。同じプラスドライバーばかりを何本も集めているわけです。
「新しい(種類の)工具」を手に入れようとしないわけですから、頑固というか「自分はこれでいい」という漫然とした姿勢なわけです。「このプラスドライバーでしめられないネジは異常だ」と排除する可能性も出てきます。そうすると、より一層新しい工具が手に入らないわけですから、何も学習が進まないわけです。
つまり根底には「楽したい」とか「新しい知識をインプットするエネルギーをケチりたい」という気持ちがあって「私がもっているプラスドライバーに合ったネジをちょうだいよ」と傲慢な態度を見せるようになり、人も離れていきます。
つまり「私にわかるように説明してくれる存在はいい人」とか「あの人の話は意味がわからない」といった「強烈な分別活動」が起きます。
自分の工具の種類が少ないため「自分の工具が使える」「使えない」といった具合に他者や新しい概念を「分別」するようになるのです。
これは一種の「拒絶反応」として現れます。「あの分野は嫌だ」とか「あれば論理(常識)的じゃない」といった形で拒絶が起こるんですね。
「分別」すればするほど消える可能性
恋愛経験が少ないうちも「新しい相手」が出てきたときに「少ない判断材料」で相手を測ろうとします。
経験すればするほど「そうじゃないパターンもあるしなぁ」が増えてきて何とも言えなくなってくるので、「男は○○だ」とか「恋愛って○○でしょ」と言い切れる人ほど経験数少ないのかなーと思ったりします。やるのと知るのは違って、やってるとなんとも言えない案件が増えてくる。
— にしけい (西田 圭一郎) (@nishikei_) May 18, 2021
しかし、恋愛に限らず、選り好みせずいろんな人と付き合ってみることで、工具の種類が増えていきます。
すると「あけしめできるネジ」が増えてきます。
突然現れた目の前の人を「結びつける材料」がたくさんあると「この人はこんな感じの人」とか「この人はちょっと怖いかも」といった「人を見る目」が養われていきます。
話が少しそれてしまいましたが…
「工具」を増やすためには、選り好みせず「いろいろな種類」の工具をインプットする必要がありそうです。
使い慣れたプラスドライバーを使うのは確かに楽かもしれません。
しかし、それに固執して、こだわって、新しい工具を入手(インプット)する時間や労力をケチっていると、それがボトルネックになり「新しい概念」「新しい言葉」「新しい相手(存在)」を受け入れられなくなるようです。
もう一度お聞きします。
自分が既に持っているプラスドライバーでは開け閉めできないネジが現れました…
①別のドライバーや工具を探しにいく
②同じプラスドライバーで何とかネジをしめようと試みる
あなたはどちらを選びますか?
自分の中の少ない「材料(情報・経験)」で無理矢理結びつけようとしていませんか?
いろんな工具が増えれば増えるほど、分かるものも増えて、楽しくなるはずです。
「とりあえずいろんな種類のインプットを増やす」という気持ちで、いろんなことをやってみるといいのかもしれません。
過去の自分を振り返ってみてもそうだけど、少ない蓄積データに無理やり新規事項を結びつけようとすると、違和感がボトルネックになってエラーが起きて学習効率悪くなるっぽいな。手持ちの手札の種類が少ない(同じカードばかりもってる)うちは、新しいジャンル開拓と量を稼ぐしかないな。
— にしけい (西田 圭一郎) (@nishikei_) October 11, 2021
結局、素直さなんだと思います。だって自分がわからないことや知らないことを認めないと新しい工具を取りに行こうとすら思わないですもん。
— にしけい (西田 圭一郎) (@nishikei_) October 11, 2021
にしけい