【二話目】オウム真理教(アレフ)という宗教団体に触れて感じたこと。

 

前記事:【序】オウム真理教(アレフ)という宗教団体に触れて感じたこと。

ヨガ教室には週に2回ぐらいの頻度で通っていました。

ヨガといっても「ヨガスタジオ」ではなく、名古屋のあるエリアの雑居ビルの一室みたいなところでそれは行われていました。

僕はヨガ教室というものを本当に何も知りませんでした。妻が行っていた「普通のヨガ教室」というものを少しでも知っていれば、少しは疑ったのかもしれません。

しかし、僕にとっての「ヨガ教室」は雑居ビルの一室に赴き、先生とほぼマンツーマンで行われる1回1000円、時には授業料が要らない…というものだったのです。

そして僕が行っていたヨガの行法は「クンダリーニヨガ」と呼ばれるもので、こればかりは彼女(妻)に「クンダリーニって聞いたことある?ヨガの言葉らしいんだけど」と質問したことがありました。

もちろん妻の答えは「そんなの聞いたことないよ、何それ」といった感じでした。

 

座学が多いヨガ教室

マンツーマンで行われるヨガ教室でしたが、厳密に言えば毎回「僕を勧誘した男性」が一緒に受講していました。

あとは最初の頃は部屋の隅っこで「もうすぐ100歳になる」というおばあさんも一緒に体操や呼吸法などをやっていました。

おばあさんは「このヨガをやりだしてから腰痛も治って、もうすぐ100歳になるけどおかげさまで元気ですよ」と本当に嬉しそうに話してくれました。

ほぼ毎回同じ話をされていましたが僕は「ヨガが生きがいになってるんだ、よかったですね」ぐらいにしか思っていませんでした。

後になって考えてみるとこれもおそらく「勧誘の手法」だったのではないかと思います。

 

このヨガ教室は毎回「テキスト」を使った座学がありました。

妻から聞いた話や、僕が抱いていたヨガのイメージを総動員した「ヨガ」は「猫のポーズとかやって体を柔らかくするんでしょ」といった感じでしたから、座学があることに少し驚きました。

しかも座学の内容も「仏教の十戒」「四諦」「善悪とは何か?」とか、かなり宗教チックな内容でした。

毎回20-30ページぐらいの冊子を渡され「チベット仏教っぽいけど、ヨガと仏教って関係してるって真言宗の方から聞いたから普通のことか」と思っていました。

そして何度も「業(カルマ)」という言葉が出てきました。

「過去世のカルマを払拭するために、現世では功徳(くどく)を積みなさい」という性悪説が基本となっていました。

「肉を食べるときは動物の憎しみのカルマを背負うことになる。だから野菜をなるべく食べてください」という言葉に

「植物に意志はないのですか?」と質問したところ

「植物は食べられるために生まれてきています」という答えが返ってきたあたりに違和感を感じました。

この違和感からベジタリアンやビーガンについて調べたりもしました。「本当に植物は意志はないのか?」という疑問ももちました。

関連記事:「人間は植物から派生した生き物」説

 

呼吸法と瞑想重視のヨガ教室

座学以外にこのヨガ教室は呼吸法と瞑想の練習がとても多かったのです。

1回目の教室では「呼吸法の凄さ」を伝えるべく、ヒョロヒョロと痩せた50才を過ぎた先生が

Tシャツを脱ぎ半裸になって突然自分のお腹を全力でパンチしまくるという、パフォーマンスを僕の目の前で始めたのです。

これには流石に僕もドン引きしました。ドンドンと鈍い音を立てて、呼吸を止めて自らの腹を拳で全力で殴り続けるオジサン。その様子を他のオジサンと眺める。しかも雑居ビルの一室で。

あまりの強さにお腹は真っ赤になり、終わったあと先生も少々息が荒れていました。その間20秒ほど。

僕はこのなんとも言えないシュールな空間に放り込まれ、笑いを堪えるのに必死でした。

先生がお腹を真っ赤にしてハァハァ言いながら

「呼吸をきちんとすればこうして殴られても平気です」とドヤ顔したところで「にしけい、アウト〜」でした。

「笑ってはいけないヨガ教室」だったら、僕は真っ先にお尻を叩かれていました。あれはダメでした。

目の前でヒョロヒョロの50すぎたオジサンが自分のお腹を全力で殴り始めるって、体張り過ぎでしょ…笑うなという方が無理です。

 

「恋愛は危険だ」とするビデオを鑑賞

「ヨガ教室って本当にこんな感じで合っているの?」という疑問をもちながらも僕は「知らない世界」を教えてくれるこのヨガ教室におもしろさを感じていました。

あとは毎回夜7時にこの雑居ビルの一室でヨガをする先生や勧誘した男性の「怪しい穏やかさ」に居心地の良さを感じ始めていました。

彼らはとにかく謎の穏やかさとおおらかさがありました。

それもそのはず「麻原彰晃」という存在を心の支えとしていたわけですから、盲信し心の支えとする存在をもっていない自分にはない「余裕」がありました。

ある時、先生に質問しました。

「僕の彼女が行っていたヨガ教室にはたくさんの女性が集まっているらしいのですが、なぜこの教室には女性がいないのですか?」

小説やドラマで見る母子家庭の子が授業参観などで「なぜ自分の家には父親がいないのだろう?」と疑問に感じ、母親にその疑問を投げかける場面に通じるものがありました。

ヨガマットの上でニコニコ穏やかにしているお母さんから返ってきた答えは意外なものでした。

「にしけい君には彼女がいましたね。誰かを愛することは大変良いことですが、実は恋愛はとても危険です。次回”恋愛の危険性についてまとめたビデオ”を見ましょう」

 

恋愛の危険性についてまとめたビデオ?

そんなものがこの世に存在するのか!

 

普通の人ならここに「大きな疑念」が湧いたのかもしれませんが、僕はなぜか「ぜひ見てみたい!」という好奇心が湧いたのです。

 

恋愛物質フェニルエチルアミン

翌週、雑居ビルの一室でオジサン2人と僕1人で「恋愛の危険性」と題したビデオ上映会が執り行われました。もちろんヨガの行法が終わってからです。

楽しく手をつないでいた男女が、交際してから別れるまでを描いたプチドラマ仕立てで

「なぜ別れてしまうのか?」という疑問を投げかけ

その答えは「恋愛物質フェニルエチルアミンが分泌されるのは長くて2年でそれ以降は消失してしまうから」であり

「その結果、人格や生活に支障をきたす恐れがあるため恋愛は危険である」というかなり強引な論法で恋愛の危険性を訴えるものでした。

ニコニコと満面の笑みで「にしけい君、どうでしたか?」と感想を求められました。

僕は「そうですね、でも僕はいろんな女性と付き合って、悔しがったり、悲しんだりしてきて、その中で成長できたので、僕は恋愛はいいものだと思います」

真顔で少女漫画でヒロインにフラれた噛ませ犬役の男の子がヒロインには手が届かないと悟ったときに言うような(今思うと)かなりクサいエモいことを言いました。

結局、僕が最初に投げかけた「なぜヨガ教室に女性がいないのか?」という質問に対しては「異性が同じ空間にいると恋愛に陥る危険性があるから」という回答でした。

ただこのとき僕の頭の中には不思議なことが起きていました。

上述のように僕はそれまで「恋愛=いいもの」という考えのもと生きていました。

それは僕が経験したことから得た「経験則」とも言えます。これを真っ向から否定する「恋愛は危険だ」という考えは当時の僕としては非常に新鮮でした。

おそらくヨガ教室(アレフ)側は僕を洗脳するように仕向けたビデオ鑑賞会だったのでしょうけれども、それが逆に僕の中に「自分の固定観念や常識を疑え」という一種の思考の柔軟性を植えつけたのでした。

「ああ、そうか。僕は本当に田舎者でガチガチの固定観念の塊だったのだな」とこのとき目が覚めたような感覚を得ました。

占いでも「恋愛して、結婚した方がいい」というアドバイスをする占い師もたくさんいるし、自分もそういうアドバイスをしてきたかもしれない。でもそれが決して正解ではない。

恋愛しなくても、結婚しなくても、それはありかもしれない。

「恋愛の危険性についてまとめたビデオ」は恋愛信者気味だった僕にとって想像以上の衝撃を与えたのでした。

つづき:【三話目】オウム真理教(アレフ)という宗教団体に触れて感じたこと。

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