【砂漠とルフィとエラー検出】右下(六白)と左上(四緑)の対比を実現象や漫画から理解するお話

 

沙漠的人間の誇りは荒野の猛獣のように奔放なその自由である。彼らは生活の安易よりも生活の豪放を愛する。「壁にかくれ一人の君主に隷属する」土着的人間の卑怯さは、彼らの眼には最も浅ましいものに見えた。かかる気風はイスラムの初めになお充分に生きていたと言われている。そこでこの服従的・戦闘的なる、従って特に意志的なる沙漠的人間が、再びまた農業地に降り来たって、開化せる諸国民を征服した。

和辻哲郎/風土 より引用

 

昨年10月に旅したトルコは国民の99%以上がイスラム教徒でした。イスラム教は砂漠という乾燥でなおかつ過酷な環境に非常にマッチしていて、むしろ砂漠気候で生き抜くためにイスラム教が成立しているとも言われています。砂漠といえば僕はサボテンを連想します。サボテンは植物の生存戦略においてS戦略(ストレス耐性型)を採用しています。アロエやサボテンといった多肉植物の多くがこの戦略を採用しています。砂漠という過酷な環境を生き抜く上で彼らは「耐える戦略」を採用しています。顕現相術講座2でこの「戦略の抽象化分類」についてお話しています。講義内でS戦略は僕がいつも記載する二次元のマトリクスでは右下に該当します。右下は特定の方向性に収束・収斂させる運動をもちます。これは秩序やルールなどの外圧がかかり特定の方向性に絞られていきます。一神教的であり、絶対的なわけです。

和辻哲郎氏の風土によると<沙漠的人間>の性質として「服従的」と「戦闘的」を挙げています。服従的というのは厳しい戒律やルールを守ることです。つまり外圧をかけられる側の性質と言えます。沙漠的人間は「右下的」な力を受ける側と言えます。それと同時に「戦闘的」というのは、他者の土地や財産や生命を奪い、特定の方向性へと制御していきます。これは沙漠的人間が他者に対して「右下的」な行動をとっていることになります。これはプログラミングと非常に似ていて、特定のルールや言語によってコンピュータの方向性を制御していきます。コンピュータは淡々と指示されたことに従うわけですから、服従的と言えます。プログラミングと沙漠的に人間をつなぐのは右下の要素で、そこにサボテンのストレス耐性型戦略が線で結ばれます。

どうも砂漠気候や過酷な乾燥環境は右下の要素が強くなるようです。現在、地球の30%ほどが砂漠化が進んでいるということですから、地球全体の3割ほどが右下の要素が統制していることなります。また「国家」自体が国民を統制するものですから、先進国のほとんどが右下的な発想があると言えます。右下は「密閉された器」でもあり、鳥かごの様なイメージです。鳥かごがあると不自由を感じるかもしれませんが、鳥かごがあるからこそルールや秩序が存在し、生きやすくなっているのです。

この鳥かごのイメージと対冲(真反対)に位置するのが、左上です。左上は「ルールが緩い」「秩序が弱い」というわけですあら、ある意味北斗の拳の舞台のような「無法地帯」のようなイメージです。ルールや縛りを受けない、荒くれ者のような捉え方もできますが、自由や解放を愛するリベラル的な思想をもちます。九星で言えば四緑、エニアグラムで言えば7(楽天家)に該当するでしょう。自由や解放を愛する左上と、特定の方向性へ他者を制御しようとする右下の対立をこれでもかと描いているのが漫画ONE PIECEです。連載開始当時から今も毎週欠かさず読んでいますが、読めば読むほど主人公ルフィは「左上の象徴」として描かれており、世界政府や敵キャラは「右下の象徴」として描かれています。

特にこの左上と右下の対立を象徴的に描いているのはドレスローザ編です。ドレスローザ編はアラバスタ編のオマージュですが、国家を裏で牛耳るドフラミンゴが最終局面で「鳥かご」という能力を見せて、強固な糸のオリで国民や街もろとも閉じ込めて切り刻もうとします。そこから「解放」に導くのが主人公ルフィです。もし九星の六白(右下)をより深く理解したい場合はONE PIECEを読んでみてください。ONE PIECE自体が国民を解放する「フランス革命」のイメージを至る所に散りばめており、物語全体を通して「右下」から「左上」へと導く流れになっています。まだ現在も連載は続いていますが、主人公ルフィが掲げる「この海で一番自由になる」というのは左上の「縛られたくない」というものになります。

先ほど右下は「ストレス戦略」を採用するという書きましたが、これはどうも脳科学の観点から見ても辻褄が合ってくるようです。

【脳科学の達人2017】山田真希子 “ポジティブ思考の脳科学” 【第40回日本神経科学大会 市民公開講座】

 

この動画内で説明されている「ポジティブ錯覚」という言葉はまさに「左上」の機能であり、それを司るドーパミンの分泌制御は「右下」の要素と言えます。

優越(ポジティブ錯覚)が強い人は抑うつ作用が強いため、絶望感に陥りにくく活発・行動的・積極的になるそうです。この「ポジティブ錯覚」が起きるのはドーパミンの分泌量が多い人ほど起きやすく、ドーパミンの分泌が少ない人は絶望感や鬱状態に陥りやすいそうです。ドーパミンの分泌量は個人差がありますが、ドーパミンの分泌量が多い人はエラー検出能力が低いため「間違いに気づきにくい」「現実を見ていない」「状況を楽観視する」「見積りが甘い」といったことが起きてきます。ひとことで言うと「幸せだけど、セキュリティガバガバ」という感じです。これはまさに左上の要素と一致してきて、エニアグラム7の「楽天家」というものとも一致してきます。見積もりが甘いからこそ、冒険的なことや無謀なことができるのですが、逆に守りが甘くなります。脳の機能として「認知の制御」がゆるゆるなんですね。

一方、ドーパミン分泌量が少ない人は「エラー検出能力」が高く、認知の制御が強く間違いや誤りに気づきやすい。まさに「制御が強い」ということは右下の「コントロール」「統制」という要素と符合してくるわけです。平たく言うと「真面目」「現実主義」「夢を見ない」「希望をもてない」という要素があるわけです。先述したサボテンの「ストレスで耐えることで生きる戦略」ともここで一致してきます。また、システムエンジニア(SE)には鬱病になる若い男性が多いです。プログラミングという作業自体が細かいエラーにひとつずつ気づかなくてはならず、ドーパミン分泌量が少なく「エラー検出能力」が高い人のほうが向いているのかもしれませんが、それゆえに鬱状態を引き起こしやすいようです。また、上記の動画では「晩年にかけて認知の制御がゆるくなってくる」ということから「若い」「神経質な人」というのは「エラー検出能力」に長けており、必然的にプログラミングのような細かい誤りに気づかなければならない仕事には向いているようです。

「相手の間違いに気づきやすい」「自分のダメな部分に目を向けやすい」ということから、自己肯定感や他者への信頼性が弱まりコミュニケーションに支障が出やすいのは肯首できます。

簡単にまとめるとこんな感じです。

 

必ずどちらかに偏っているかというわけでありませんし、時期や場面によって変わるので「当てはめ」はしないほうがいいと思いますが、ご参考までに。また、生年月日から出した年月の九星とも関係なく、あくまで誰でもこのような要素があって多少偏りがある…という程度にお考えください。

僕自身も元々左上寄りの性質だったのですが、生きていく中でそれだけではダメだなということで右下を取り入れた感じです。細胞がミトコンドリアを取り込んで進化したように、どちらに偏っていたとしても生きていく中で場面場面で使い分けていけばいいのかなと思っています。「なんでもだめ」になると息苦しいし「なんでもいい」になると無責任なわけですから、本当にどっちもどっちなんですよね。まぁ、こんなこと言ってる時点でベースがエラーに対してガバガバの左上って感じですけどね。笑

抽象化していくと占いとは全然違う分野でも共通項が見えてくるので非常に楽しいです。

にしけい

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書いている

西田 圭一郎 (にしけい)

1987年富山市生まれ。化学系工学修士。商社の開発営業職を辞めて、占いとWeb開発などを生業にしています。趣味は読書と旅とポケモン。文章を書くことが好きです。三児の父。詳しくはこちらから。

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