インド旅行記2−7 溶け込むって何なのか

 

前回来た時も感じたことなのですが、インドは自己主張したり、グイグイ押していかないと全然うまくいきません。

日本のように列に並んでいたら自分の順番がまわってくるかというとそうでもなかったりしますし、横入りが横行しまくる場面もあります。

車の運転などもそうですが、とにかくクラクションを鳴らしまくってどんどん主張して入っていかないとスムーズに進みません。

「相手に合わせる」というと、自分が一歩引いて遠慮しながら相手を優先することをイメージしがちですが…

相手がグイグイ押しが強い場合はこちらもグイグイ押していくことが「相手に合わせる」ことにつながります。

その場に合わせるというのは、必ずしも自分を消すことではありません。自己主張すること、積極的に動くことが「場に即した行動」という場合もあります。

と言っても「溶け込む」って難しいですよね。

 

 

コルカタの街を歩いて散策しましたが、驚くほど声をかけられません。

外国人なのでジロジロ見る(stare)ことはしてくるのですが、以前のようにグイグイ話しかけられることがありません。

やはり観光地ではないからだと思います。それでも興味津々なようで、何人かは一緒に写真を撮って欲しいとか、女なのか男なのか分からないとか、日本ではその服装が流行っているのかといろいろ質問してきます。

 

 

以前、デリー・アーグラ・バラナシをまわったときはとにかく話しかけられまくった記憶があったのですが、昨年行ったエジプトのほうがグイグイしつこかった気がします。

前回の記事でも書きましたが、「場」が変わるとまわりの認識も変わるのだと思います。今回は非常にそれを実感しています。

このあたりは気学とか家相とか風水の中でも応用されていることなのですが、まぁ「そりゃそうじゃ」という感じですね。「場で認識を変えること」や「認識を刷り込むこと」は占いに限った特別なことはないです。

最近この「そりゃそうじゃおじさん」がよく出てきます。ポケモン初代OP曲「めざせポケモンマスター」のオーキド博士のセリフは真理だったのかもしれません。

そりゃそうじゃと言えるような普通のことを「特別っぽく見せる」というのは、一種の思い込み製造装置でもあるんですけど、種明かしするのが僕の趣味のひとつなのかもしれません。

 

 

 

こんな感じなので日本にいても、溶け込めないわけです。コルカタにいるからとか関係なかったっスわ。

マーフギジエ・マーフギジエ(両耳をつまみながら)

にしけい

 

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書いている

西田 圭一郎

1987年富山市生まれ。工学修士。 商社の開発営業職を辞めて、占いや相術を生業にしています。本と旅とポケモンと文章を書くことが好きです。黒も好きです。どの国に行ってもスチューデント扱いされます。詳しくはこちらから。

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