【水地比/constellation】”Don’t fortune tellers attract followers? – Huh?”

みなさん(あなたも?)を観察していると、僕のブログを長期的に読んでくださっている方々は「答えや正解を求めている人」よりも、「一緒に探求したい人」が多い気がします。僕自身をゴールにするというよりも、何かしら自分なりの経験や知見をもとに考察したり、持論を展開したりしている傾向があるんですね。ベクトルが僕自身に向かっている(→◯←)のではなく、並走している(↑↑)ような雰囲気があるんですよね。

僕もそうなのですが、実際に試したり、仕入れた知識情報を生活の中に取り入れて、勝手に日常生活の中に楽しみを見出して遊んでいる人が多いのではないかと思います。あと、そこそこの文量と記事量があるので、日常的に読書習慣がある人や文章から情報を得ることに慣れている方も多いと思います。

なぜ、このような記事を書いているかというと、とある方から「占いをしていると信者がついてきませんか?にしけいさんにも信者がいますよね?」と言われたことがきっかけです。その方がどのような意味やニュアンスで「信者」という言葉を使われたのかを3時間ぐらいかけて問い詰めたいところですが、「特定のイメージ(前提)を固定している」ということが「信者」というのであれば、僕には信者はいないなと思いました。誰にも信じてもらえていない…ということはないと願っていますが、何かこう「信者」という表現がしっくりこないんですね。

このブログを読んでくださっている方の傾向として、複数の思想や人物をフォローしている方が多く、僕自身「にしけいだけが正解だ」「僕が言っている通りにすればいい」といった考えが全くないからです。「自分が絶対正しい!」とか「私の考えが最上だ!」と主張している人をみると、ほんとうに寂しがり屋だなと思いますし、「導く」という「特定の範囲に思想や方針を凝集させること」があまり好きではないんですね。自分の思想を強要して、同化や干渉しようとせず、付かず離れずの距離感を保つことが互いの尊重につながると考えているからです。

ちょうど先日の周易講座で「水地比」という卦を解説したのですが、僕の方針はこれに近いです。類似した性質をもつもの同士が接近することはあっても、同化せず各々で存在しているようなイメージです。葉っぱに水滴がポツポツ並んでいるような状態で、水滴1粒1粒は近くにいても、くっついてまとまることはない距離感です。

「constellation」という英単語があって、占星術に詳しい方ならすぐに「星座」という風に出てくるかもしれませんが、水地比はこれに近いです。星たちは大まかに集合してはいるものの、それぞれは独立した存在で、必要に応じて関連性や結びつきは描かれるけれど、それ自体に永続性や絶対性がないんですね。

なので、話を戻すと「信者」というよりも、「伴走者」という感じがします。とは言え、僕自身走っているかと言われると怪しいところがあって、歩いたり、勝手にコースを離脱してジュースを飲んだり、昼寝したりしていることもあるので、「一時的な伴者」のほうが適切な気がします。

にしけい

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書いている

西田 圭一郎 (にしけい)

1987年富山市生まれ。化学系工学修士。商社の開発営業職を辞めて、占いを生業にしています。趣味は読書と旅とポケモン。甘酒と文章を書くことも好きです。三児の父。詳しくはこちらから。

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