「自分を変えたい」と「自分を変えて欲しい」の違いは?

「自分を変えたい」と「自分を変えて欲しい」の違いについて考えていきます。

 

例えば、僕が100メートルを10秒で走ろうと思っても無理です。

それでも「100メートルを10秒で走りたい!」という目的を達成したいと思ったら、専門家に依頼するかもしれません。でも、その前に本を読んだり、動画を見たりして自分なりに研究するかもしれません。

この「本を読んだり、動画を見ること」自体が自分よりも外側の世界に対してアプローチしていることになるので、専門家に依頼することと同じとも言えます。

専門家が書いた本を読むことと、専門家に指導を受けることは情報を得る過程が違うだけで、やっていることは同じです。

「100メートルを10秒で走りたい(自分を変えたい)」と考え専門書やDVDを見まくることと、 「100メートルを10秒で走れるようにして欲しい(自分を変えて欲しい)」と考え専門家に相談するのは何が違うのでしょうか。

「野球がうまくなりたい!」と思い、優秀なコーチを一生懸命探して、実際に会いに行って、話を聞いて、お金を払ってコーチを依頼する。

この一連の流れの中に「自分を変えたい」と「自分を変えて欲しい」の線引きがあるとしたら、どこにあるのでしょうか?

「自分を変えて欲しい」という状態は、「自分では状況を変えられない」という思い込みやイメージがあると発生しますが、「(今の)自分では状況を変えられない」と思うからこそ、自分で勉強したり本を読んだりするわけです。

「自分を変えたい」と「自分を変えて欲しい」に違いはないのでしょうか?

 

過程(ルート)の固定

 

あなたには2人の部下がいたとします。その2人が仕事でミスをして、トラブルを起こしたとします。

部下A「このトラブルを解決するにはどうでしたらよいでしょうか?」

部下B「このトラブルを解決してください」

上司であるあなたはどう感じるでしょうか?

2人とも(今の自分ではどうしようもできないと考えて)上司に相談していることは変わりありません。しかし、印象は異なるはずです。

今後同じミスやトラブルが起きたときに、部下Aは自分で解決できるかもしれませんが、部下Bは上司であるあなたがいないと解決できないかもしれません。

「自分(の状況)を変えて欲しい」という部下Bは、今後も他者のリソース(時間・知識・精神的負担)を使い続ける可能性があります。他者や上司や誰かがいなければ、自分や状況を変えられない。手段や方法を固定しているわけです。

一方、「自分(の状況)を変えたい」という状態は、手段や方法の固定は起きていません。方法は何でもいいけれど、結果的にコーチに依頼することに辿り着いたわけです。

「他者に依存する」という状態は、「過程の固定」です。

「こういう方法ではないと解決できない」と思い込んでいるからこそ、なかなか問題が解決しませんし、その結果「他者のリソースを使い続ける(依存)しかない」という考えに至るわけです。

「自分の状況を変えて欲しい」と考えて行動することは悪いことではありません。僕も風邪をひいたら、医者にかかります。困ったら専門家に相談します。

しかし、「自分の状況を変えて欲しい」の前に、「他者に変えてもらうルート以外のルートはないのか?」ということを一度考えてみてもいいかもしれません。「自分自身では変えられない」ことも確かにあります。でも、本当にそうなのか。自分自身でできる範囲のことはないのか。

 

手段(過程)が目的なのかも

 

「有料道路優先」しか提案できないカーナビがあったらどうでしょう。どこへ向かうにしても、高速道路を経由させられたり、どこか特定の地点に行ってから目的に向かわされたらどうでしょうか?

東京から大阪まで向かう方法は、複数あります。

おそらく「自分を変えて欲しい」「自分の状況を変えて欲しい」という人は「新幹線ののぞみでしか行けない」というルートの固定が起きている可能性が高いです。

ルートを固定すると、目的達成や問題解決がしにくくなります。「Aルートしかダメ」という思考になると、Aルートがダメになったときに詰みます。

そうなってくると、「目的地」自体が目的なのではなく、「道中」が目的なのかもしれません。

だって、本当にそれが欲しかったら手段なんかどうでもいいじゃないですか。でも、手段にこだわるということは「手段」が目的になっているのかもしれません。

大阪が目的地なのではなく、その道中で新幹線に乗ることが目的なわけです。

かなり飛躍するかもしれませんが、「自分を変えて欲しい人」は目的地はどうてもよくて、旅行目的なのかもしれませんね。だって、本当に切羽詰まっていたら、ルートや方法はどうでも良くないですか?

お腹が痛くて「トイレに行きたい!!」という状態だったら、トイレに1秒でも早く辿り着けるならルートはどうでもよくないですか?「この順路で、トイレに向かいます」と、こだわっていられなくないですか?

ルートをわざわざ指定・固定するってことは、まだ余裕があるのだと思います。

そう言われて、怒る人もいると思います。こっちは必死なんだぞ!と。

でも、そうやって怒れることもまた余裕があるということです。僕やこの記事に怒りの矛先が向かっている時点で、目的地には向かっていないんですから。寄り道できる余裕があるんですよね。

 

「手段は何でもいい!」という状態になってはじめて、得られるものがある気がします。

 

にしけい

にしけい (西田圭一郎)

1987年富山生。工学修士。商社の開発営業職を辞めて、占いや相術を生業にしています。三児の父。本と旅とポケモンと文章を書くことが好きです。学生気分が抜けません。詳細はこちらから

にしけい (西田圭一郎)

1987年富山生。工学修士。商社の開発営業職を辞めて、占いや相術を生業にしています。三児の父。本と旅とポケモンと文章を書くことが好きです。学生気分が抜けません。詳細はこちらから

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