考えないほうが考えたときよりも物事が前進する

僕はよく夢を見ます。夢の世界はおもしろいです。思わぬ設定で始まったり、思わぬ人物が出てきたり。夢に何かメッセージがあるのか。夢と現実の相関を分析してみたところ、寝ているときの「快・不快」に合わせて夢の中の条件や情景が設定されているのではないかと考えています。「無意識」に理由づけをするために「夢」の中の条件を作り出している…という考えです。寝ていると、暑い・寒い・苦しい・痛い…といったいろいろな「快・不快」が出てきます。これらに何かしらの理由をつけることで「分かった状態」にして、安心や安定をもたらそうとするのが「夢」なのではないかと考えています。

目の前の問題を解決しようとしたり、目先の利益を追い求めると、そこに意識が集中します。占いで言えば「占うぞ!」という意識です。占うのだから「占うぞ!」という意識でいることは間違いないのでは?と思われるかもしれません。しかし、これは「意識的」なので微妙な結果をもたらします。僕も経験していますが、どうしても「占うぞ!」とか「昨日読んだ本から得た知識を生かすぞ!」というようなことを考えて目先の何かを追い求めると大概がうまくいきません。

「目の前の問題」や「悩み」を解決しようとするためには、非常にエネルギーを消耗します。ロスが大きいというか。

この動画でそれを体感する実験を行っています。

動画の内容を一言でいうと「Aに意識を集中して対応してもうまくいかないけれど、Bをしようとしてその通過点にAがあれば簡単にAが達成できる」というものです。

例えば好きな男性がいたとします。その男性に振り向いて欲しいと、彼についての情報をリサーチしたり、彼の好みに合わせて服装やメイクを変えたり…というのはエネルギーのロスが大きくて。自分が得意なマグロ漁に彼を連れて行ったところ、かっこよくマグロを引き上げるあなたの姿を見た彼が惚れる…という感じです。例え話が下手すぎて夢の世界に戻りたい(寝たい)ぐらいですが、動画では「自然体が一番力を発揮するのではないか?」ということを言っています。

前半の「夢の話とどうつながるの?」と思われるかもしれませんが、「無意識」「自然体」でやったことのあとに「理由」「現実」がついてくるということなのです。「結果はあとからついてくる」とよく言われますが、意図的に考えてやったことほどうまくいかないし続かなかったりします。よく「計画を立てて」とか「下準備が必要」といったことを言われますが、おそらくそれは「自然体」になるまでの「慣れ」のための期間なのだと思います。

計画を立てることが悪いことではないのですが、計画を立てるときはより実践的な計画を立てて、臨場感が必要なのだと思います。小さい成功体験の積み重ねというか。例えば「来月までに100万円を副業で稼ぐぞ」と目標を立てたとします。しかし「副業で100万円を稼ぐ」ということに「できて当然でしょ」と言えるぐらい自然体になっていなければ、そこに到達できません。週末だけで1万円稼いだ経験があれば、それが2万円、3万円…と大きくなり「自然体(慣れ)」になり、いずれ100万円に到達するでしょう。頭で考えていてもしょうがないのです。むしろ「考えない」ほうが結果としては大きなものが得られるのです。

となってくると僕たちが考えているいわゆる「頭の中」というのは何なのでしょうね。たまに「思考」ってなんて無力なんだと思うことがあります。「快・不快」と「自然体(当然でしょ)」を駆使することで、あなたも思わぬところへ到達できるかもしれません。いや、到達できるはずです。

にしけい

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