まっすぐ駐車したつもりでも曲がっていると感じたときは線を引いた人が悪いんです

心の奥底にある何かが、ここは僕にとっての故郷ではないと告げるのです。何というわがままな。何という贅沢な。ドレミファソラシドというような綺麗な音階を奏でることができない。途中でおかしな音が鳴ってしまう。途中までは良かったのに。

自分はどこにもいないのかもしれない。曖昧な状態で固定化できない。どこにでもいるかもしれないし、どこにもいないかもしれない。どこにいても馴染めているような気もするし、誰にでも合わせられているような錯覚もある。だけど、心の奥底から誰かを求めることがない。

ナイフを突きつけられて「誰か一人の名前を叫べば助けてやる」と言われたら、僕は刺されて殺されるかもしれない。どこにいても自分の居場所な気もするけれど、どこにいても自分の居場所ではない気もする。自分の文章を推敲する。前後の文章を入れ替える。ああでもない。こうでもない。文末の文脈を文頭に入れ込む。どちらでもストーリーは通る気がするし、どちらでもないような気もする。

小学生の頃、恋文をもらった。私とつきあってくれますか。「YES・NOのどちらかに丸をつけてください」アンケートのようなラブレターだった。「・」に丸をつけて返した。どちらでもいい。政治、不正、倫理、オリンピック、ワクチン、賛成反対。どちらでもいい。方向性をもって、意識してやってきた結果、全然うまくいかなかった。狙ってやったら全然だめだった。

野球の試合に乱入した猫のようにどちらが勝っても負けてもいい。ちょうど背中のかゆみをとってくれそうな砂があれば、そこを目指して走り出して寝転がって背中をゴシゴシするだけ。眠いならマウンドでうたたねしてもいい。邪魔ならどこかへ運ばれるでしょうし、不必要なら誰かが運んでくれるでしょう。

頑張っていた時期もあったんですね。輪の中に入ろうと、スーツを着て、お伺いを立てて、報告書を作成して。でも、全然うまくいかないんですね。輪の中に、世間の中に、入れてもらおうと一生懸命歩み寄った時期もあるんです。「人と違うことをしなさい」と母は僕に言い聞かせて育ててくれたけど、もしかしたら気づいていたのかもしれません。人と同じようにできないことを。最初から諦めていたのかもしれません。「この子だめだな」と。

自分が普通ではないと言って自慢したいとか、特別視したいわけではないのです。自分は普通にやってきたつもりなのです。普通に入ろうとしたのです。でも気づいたら輪から弾き出されてしまう。自分は普通なんです。世間が悪いのです。僕はまっすぐ駐車しました。何度も切り返して、正しく皆と同じように駐車できました。サイドブレーキを入れて、ふぅっと息ついていると、窓をコンコンと誰かが叩く。窓をおろす。「なんでしょうか?」「あの、ちゃんと白線の中にまっすぐ駐車してください」そういう感じの繰り返しなんですね。

それで孤独で寂しいかというとそうでもないんですね。最初からYESにもNOにも僕の席はないのですから。最初から招待状に載ることもないですし、会社の飲み会は気を遣う人もおらず最初から誘われないので、何も思いようがないんですね。暗い?自虐的?本当は寂しいんじゃないか?こうやってブログを書いたり、本を読んだり、テキストを作っているとき、寝てるとき、ゲームをしてるとき、漫画を読んでるとき。どこにそのような心情が入る余地があるのでしょうか。強がっている?仲間が欲しい?共感して欲しいから書いている?そうなんですか?自分でも自分のことがよくわからないんですよ?終着が見えない、分別できない生ゴミをずっと手にもっているような状態なんですよ?

悩んでる?病気?調子が悪い?いやいやいつも通りなんですよ。だいたいこんな調子なんです。文章や考えもいつも自分が思ったことを素直に書いているつもりなんです。逆にCMとか入れたほうがいいですかね。意図がわかったほうが安心するじゃないですか。突然街で笑い出す人を見るとみんな驚くんですね。でも何に対して笑ったのかが分かれば人は安心するんです。

そうか、この人はイヤホンをつけて誰かと電話しながら歩いていたのか。でもその意図が理解できないとまわりの人は不安になるんですね。でもその人が笑った事実は変わらないわけです。この記事を書いた事実は存在します。でも特に意図がないんですね。でも書こうと思った僕は存在するし、実際に書いてアップロードした事実は存在するわけです。

あなたはどこに向かっていますか?あなたにとって心から安らげる居場所はありますか?理由は必要ですか?証明はしなければいけませんか?確実なものはもっていますか?辻褄が合わなければいけないのですか?

僕はよくわかりません。心の奥底にある何かが、ここは僕にとっての故郷ではないと告げるのです。幾日か経てば退院しなければなりません。チェックアウトしなければなりません。せっかくここならゆっくりできるかなと思ったのですが、リスがクルミをフライパンに打ち付けてカンカン音を立てて、僕を起こそうとするのです。そういうリスが要所要所で出てくるのです。

リスはクスリの隠喩とかじゃないです。ドラッグは合法だろうと非合法だろうとやっていません。僕は今日も元気です。もしかしたらリスは僕が呼んでいるのかもしれません。クルミを渡したのは僕だったのかもしれません。たぶん松尾芭蕉とかブッダもこんな感じだったんじゃないかと思うんです。たぶん脳内にカンカン音を立てる何かを飼育していたはずなんです。

というわけで、ようやく次に行くところがなんとなく見えてきたので、今まで大事にしてきたものをゴミ袋に詰める作業を続けようと思います。首尾一貫してブレブレですが、筋が通っていないことだけは貫き通します。しょうがないよな。21世紀でも人間こんなもんだぜ。駐車ひとつロクにできやしない。線を引いた人が悪い?世間が悪い?免許更新のたびに住所は変わるくせに免許の色(青色)は変わらない僕が悪いに決まってるでしょ。

にしけい

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書いている

西田 圭一郎

1987年富山市生まれ。工学修士。 商社の開発営業職を辞めて、占いや相術を生業にしています。本と旅とポケモンと文章を書くことが好きです。黒も好きです。どの国に行ってもスチューデント扱いされます。詳しくはこちらから。

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