不自由に飲み込まれるか・不自由を活用するか

「自由」には「他からの束縛を受けず、自分の思うままにふるまえること」という意味があります。強制・拘束・支配などを受けていない状態です。

病気や怪我などで意図した体の機能が感じられないときなどに不自由を感じます。

逆に肉体的な不自由を感じていないときは肉体的には自由と言えます。

となると「自由」は「不自由に気づいていない時間すべて」と言えるかもしれません。

自由になるためにはまず「不自由に気づかないこと」を実践する必要がありますが、背中についた糸くずのように、他者に指摘されないと気付けないことは一生気づけません。「背中に何かついているよ」と指摘され、気づいた瞬間から「意識すること」が始まります。

この意識している状態は「背中に何かがついているのではないか」という考えにとらわれているため「自由ではない」と言えます。

「意識する」ことは「不自由である」ということであり、「何も意識していない状態」は「自由な状態」と言えます。

何も意識していない無意識な状態が長く続けば、その間は「自由な時間」が続きます。実際の状況はどうであれ、です。

無意識な状態に入るための方法は人によって異なります。つまり「自由になるための方法」も人それぞれ違います。

まずは自分が「何を意識しているのか」「無意識な状態でもやれてしまう行動は何なのか」を意識してみます。貧乏ゆすりやいびきのように、自分では気づけないかもしれません。

誰かがやっている方法は参考になるかもしれませんが、そこに正解はありません。

反対に不自由から自由が見つかる場合もあります。束縛された極限状態でも「やってしまう行動」「やれてしまう行動」に「自由へのヒント」があります。不自由であると感じている状態をただ「ああ、不自由だ」と意識しながら過ごすのか。

それとも「それでも自分はこれはやってしまうんだ」という自由の糸口を掴もうとするのか。不自由をも利用してやろうという気概があれば、自由はより近づくかもしれません。

にしけい

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書いている

西田 圭一郎 (にしけい)

1987年富山市生まれ。化学系工学修士。商社の開発営業職を辞めて、占いとWeb開発などを生業にしています。趣味は読書と旅とポケモン。文章を書くことが好きです。三児の父。詳しくはこちらから。

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