「違いが分かる」うちはまだまだなのかもしれない

僕はこれまでに「違いが分かること」を推奨してきましたが、ここ最近「違いが分かる」という状態はまだまだ修行が足りない状態なのではないかと考えるようになりました。

違いを分かろうとして、近づきすぎると見えなくなります。

反対に、特定の現象や場から離れていくと、「同じように見える」ようになっていきます。

離れたほうが違いが分かりますが、さらに離れていくとだいたい同じように見える点が出てきます。

「違うことは違うけれど、だいたい同じだよな。誤差だよな」という感覚になっていきます。

違いを知覚して、その違いをより明確にしようとする行為は、まだ執着のようなものが残っているような気がします。

なぜ、人は近づきたくなるのか。それは寂しいからだと思います。

にしけい

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西田 圭一郎

1987年富山市生まれ。工学修士。 商社の開発営業職を辞めて、占いや相術を生業にしています。本と旅とポケモンと文章を書くことが好きです。黒も好きです。どの国に行ってもスチューデント扱いされます。詳しくはこちらから。

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