「トイレは鬼門の北東を避けて」「東南の方角がベスト」— こんな家相の話を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
新築やリフォームの際に、間取りを決める重要な判断材料として今でも参考にされることの多いトイレの方位論。しかし、この「常識」とされるルールは、実は時代と共に大きく変化してきたものだということをご存知でしょうか。
現代では当たり前のように語られる家相の知識も、その背景を辿ってみると意外な発見があります。古典的な教えがどのような社会的背景の中で生まれ、どのように変化してきたのかを知ることで、現代における家相学との向き合い方も見えてくるかもしれません。
江戸時代の家相書とトイレの方位
例えば、洛地準則をはじめ江戸時代の後期に書かれた家相や地相の本には、基本的に「どの方位にトイレ(雪隠)を置いても凶である」と書かれています。この時代は都市部に住む人たちは長屋住まいが基本で、個人で家を持てる人たちがそこまで多くありませんでした。共同のトイレが一般的で、長屋の端や中庭に設置されることが多く、糞尿買取システムが確立しており、糞尿の個人処理の必要性が低い時代でした。
また、技術的にも現代のような「トイレ」ではなく、現代に比べると原始的で粗野な作りだったため、「トイレを敷地内(家屋内)に作る」ということが一般的ではありませんでした。
大正・昭和の家相に見るトイレ方角の変化
時代が少し進み、大正〜昭和初期にかけての家相や地相の本では「北や東や南東であればトイレを作ってもいい」という書籍が流布しており、現代でもこれを採用している人が多いのですが、もとを辿ると「全部ダメ」だったものが、「一部はOK」という風に緩和されているのです。
羅盤の見方、暦の使い方、他の設備との兼ね合いなど…見るべきポイントは様々ですし、それだけでは決められない部分もありますが、明らかに「時代の変化」と共に「トイレに対する認識」が変化していることが伺えます。
現代におけるトイレと家相の考え方
現代で「トイレはどの方位にあっても凶だからつけてはいけない!」なんて言ったら、そのほうが頭がおかしいのかと思われるはずですし、「東か東南しかダメだ!」なんて言っていたら、いつまでたっても家や建物は建ちません「古典やより古いもの」「本場中国から伝わっているもの」が果たして現代の日本において「正しい」「絶対」と言えるのでしょうか?
古典や伝統には背景があります。なぜそれが長い間採用され続けてきたのか。選ばれ続けてきたのか。ルールそのものではなく「背景」に着目しないと、そのまま現代で応用しようとしても、実用性に欠けて、詰んでしまう可能性が高いです。先人たちの知恵をきちんと「踏まえる」ことが大事だなとつくづく思います。
家相の背景を踏まえて実生活に活かすには?
現代のトイレは、昔のように「方角だけで吉凶を判断する」ものではありません。換気や音の問題、動線やバリアフリーといった生活面の工夫次第で、どの方位であっても快適に整えることができます。
ただし、「臭気の流れ」や「日当たりと湿度」「音やプライバシーへの配慮」など、ちょっとした設計上の注意点を見落とすと、住んでから失敗した…という場合もあります。
風水や家相の古典を鵜呑みにする必要はありませんが、全く無視していいわけでもありません。そこには住居や建物、そして人についての「普遍的に変わらない要素」が織り込まれているからです。現代の技術や環境においても通じる部分が確かにあり、バランスよくさりげなく取り入れることで暮らしを豊かにしてくれます。
結局のところ大切なのは、「どの方位が吉か凶か」ではなく、そこに宿る先人の知恵をどう現代の暮らしに活かすか。
その視点を持つだけで、家相は単なる迷信ではなく、住まいづくりの頼れるヒントへと姿を変えるのだと思います。
にしけい