【幻想には幻想を】DJ SYUCHA-KUと心の若さという幻想

佐藤誠一は63歳にして、まだ若い女性の視線を意識していた。

「誠一さん、今日も素敵ですね」

会社の若い女性社員が言う言葉に、誠一は満更でもない表情を浮かべた。定年後も顧問として残った広告代理店で、彼はかつての名声を頼りに生きていた。妻とは十年前に離婚し、以来、独り暮らし。休日は高級クラブで若いホステスと戯れるのが趣味だった。

「こんな歳になっても、まだ引く手あまただからね」

同世代の友人たちに自慢げに語る誠一。しかし、彼の周囲には次第にうっすらとした空気が漂い始めていた。若い社員たちの笑顔の裏には、苦笑いが潜んでいることに気づかなかった。

「佐藤さん、またですか?」

クラブで肩を組もうとした誠一に、ホステスは微かに顔をしかめた。しかし、高額なチップを握らせる誠一の手前、笑顔を取り繕う。

「年齢なんて関係ないよ。心が若ければいいんだ」

その言葉が空気に溶け込むと同時に、奇妙なことが起きた。 クラブの床が震え始め、天井が不気味な音を立てる。 「地震か?」と誠一が思った瞬間、高級クラブの壁がパックリと割れ、豪華な内装が崩れ落ちる。

そこから現れたのは、巨大なDJブース。煙と鮮やかな照明の中から姿を現したのは、伝説のDJ SYUCHA-KU。黄金のヘッドフォンを首にかけ、鮮やかなネオンカラーのジャケットを着た彼は、誠一に向かって指を差した。

「YO! YO! 皆さん聞いてくださいよ!ここにいる紳士が素晴らしいフレーズを言ってくれました!」

DJ SYUCHA-KUはターンテーブルを回し始め、その指先から生まれるビートが会場を揺らす。彼はマイクを握り締め、叫んだ。

その言葉がサンプリングされ、ビートに乗って繰り返される。フロアには突如、若い男女が現れ、狂喜して踊り始めた。クラブの照明は誠一を照らし出し、皆の視線が彼に集まる。誠一はただ状況の変化についていけず、おろおろと周囲を見渡す。

「ネ、ネ、ネ、年齢な、ナ、ナ、ナンテ〜エエ”(キュキキュキ)」
「カ、カ、カ、関係、ナナナナナナナアイ♪」
「コ・コ・ロが、ワカワカ♪ ければいいさぁ♪(ギュイギュイ!)」

DJのリミックスは加速し、誠一の言葉が様々な音階で遊び、空間を支配する。フロアは熱狂に包まれ、皆が手を上げ、声を揃える。

「心が若ければ!心が若ければ!」
「年齢なんて!年齢なんて!」
「カカカッカンケイNAI!NAI!」

DJ SYUCHA-KU「FOOOOOOOO!! 投げ捨てろ! Shoot! Chuck!」

「年齢なんて関係ないよ。心が若ければいいんだ (SYUCHA-KU!Shoot! Chuck!)」
「年齢なんて関係ないよ。心が若ければいいんだ (SYUCHA-KU!Shoot! Chuck!)」
「年齢なんて関係ないよ。心が若ければいいんだ (SYUCHA-KU!Shoot! Chuck!)」

DJ SYUCHA-KU「YEAAA!! お前ら最高だぜーーーー!!!」

誠一は凍り付いたように立ちすくむ。自分の言葉が音楽となって反響する中、頭の中で反芻が始まる。

(本当に年齢は関係ないのか?)その問いが脳裏に浮かんだとき、誠一の胸に鋭い痛みが走った。

(おいおい、何言ってんだよ、年齢なんか本当に関係ねえよ)彼は心の中で必死に反論した。(あのDJは何も知らないんだ。俺のことを、俺の人生を何も知らないくせに…)

だが、もう一つの声が確実に大きくなっていく。
(なぜそんなことをわざわざ口にしなければならないんだ?)

そう言えば、木村も、田中も、同じ年代の連中は誰も「年齢なんて関係ない」なんて言わない。そんなことを大声で主張するのは…自分だけだ。

汗が額から流れ落ちた。クラブの空調は効いているはずなのに、突然息苦しくなる。

(若さにこだわるのは…)言葉が喉に詰まる。(老いを認められないからか?)

その瞬間、先週の出来事が鮮明に蘇った。エレベーターで鏡に映った自分を見て、一瞬、父親の姿と重なったことがある。あの時の恐怖感。あの時の拒絶感。

(俺はバカにされてなんかいない)と思いたかった。だが皮肉にも、誠一を本当にバカにしていたのは、他でもない自分自身だったのかもしれない。

(若さって何なんだ?)自問する声が震えていた。(異性の視線か?)毎週のホステスクラブでの一時的な高揚感。(肉体か?)ジムで無理をして痛めた膝。(それとも…)

思考の渦の中で立ち尽くす誠一に、突然DJ SYUCHA-KUが近づいてきた。曲は静かになり、照明も落ち着く。

DJ SYUCHA-KUは片手で黄金のヘッドホンをはずしながら、もう片方の手で誠一の肩を叩いた。

「YO! YO! その言葉をわざわざ口にするってことは、年齢と若さに執着があるってことさ」

「執着があるとYUGAMIが出来てしょうがないZE! 無理すんなYO! じゃあなアイ-Bow!」

彼は誠一の耳元で囁き、そして振り返ることなく、スモークの中へと消えていった。フロアも、踊る人々も、割れた壁も、全てが霧のように消え去り、誠一は再び高級クラブの現実に引き戻された。

ホステスは何事もなかったかのように微笑み、シャンパングラスを傾けている。しかし誠一の胸には、DJ SYUCHA-KUの言葉が刺さったままだった。それは自分が言った言葉、いや、自分に言い聞かせていた言葉だった。

悪い夢を見たかのように、泥酔して帰宅した。「うい〜ただいま〜」という言葉が1DKの部屋の隅々に反響する。誠一は靴を半分脱いで、フラフラしながら洗面台に向かった。鏡に映る自分と目が合った。どうせなら泥酔し切って、もう全て忘れて眠ってしまいたかった。でも、頭に鮮烈に焼きついた幻想的な光景がそれを許さなかった。

誠一は鏡を見ることを避けていた。シミの増えた顔、白髪混じりの髪、たるんだ首筋。若さという幻想だけが、彼を支えていた。誠一はその場でバタリと倒れ、天井の白いLED電球を眺めた。ホステスの演技じみた笑顔が頭の中に流れてきた。でも、今は自然とそれを受け入れられる気がした。

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書いている

西田 圭一郎 (にしけい)

1987年富山市生まれ。化学系工学修士。商社の開発営業職を辞めて、占いとWeb開発などを生業にしています。趣味は読書と旅とポケモン。文章を書くことが好きです。著書は50冊以上。三児の父。詳しくはこちらから。

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