[究理占術研究家としての過去の活動はこちらです]

■1987年■
・富山に生まれる。毛が薄い。
・好きな離乳食はレバーとリンゴ。

■1987-1993年(0-6歳)■
・「人と違うことをして生きなさい」と言って育てられる。
・ミュータントタートルズにハマる。
・保育園で勝手にモルモットを飼い始める。
・ミヤマクワガタの捕獲にハマる。捕まえたノコギリクワガタが白井くんのカブトムシを両断して少しトラウマになる。

■1994年(7歳)■
・Jリーグ開幕からヴェルディ川崎に憧れを抱く。柱谷、ビスマルク、リトバルスキーが好きで、誰よりもサッカーを愛していたが、友達がいなかったため一人でひたすらサッカーボールを蹴り続ける。

■1996年(9歳)■
・カルピスソーダをぶちまけた翌日、大量のアリだらけになった学習机に火を放つ。ばあちゃんに叱られる。
・ポケモンブームがくる。お年玉を全てポケモンカードとフィギュアに費やす。

■1999年(12歳)■
・大型トラックの巻き込まれ自転車が粉砕される巻き込みひき逃げ事故に遭う。無傷で帰宅。

■2001年(14歳)■
・中学2年時の進路希望先
第1志望:ポケモンマスター
第2志望:海賊王
第3志望:冒険家
結構ガチで書いていました。

・ポケモンのテレビ放送を見るために毎週火曜日、部活を休み続けていたら部内で干されました。
・「ポケモン>部活」でした。
・集団行動の難しさに悩みました。

■2002年(15歳)■
・中学3年時の三者面談で初めて進路希望調査の意味を知る。
・目立ちたいという理由から生徒会長になる。

■2003年(16歳)■
・理科と数学だけはよかったので高専入学。
・有機化学の基礎科目で29点を取り、炭素がトラウマになる。
・ブックオフ、スーパー、家庭教師、ホームページ作成、(今で言う)せどりでお小遣いを稼ぐ。
・ありとあらゆる先生たちに怒られる。謝罪回数、数知れず。

■2008年(19歳)■
・大学受験提出用の履歴書の「趣味・特技」の欄に特に書くことがなかったので「手相占い」と書き、大学に合格したので何か質問されたら困ると思い、手相の勉強を始める。
・ごみ収集車に巻き込まれる事故に遭う。無傷で研究を続ける。

■2012年(24歳)■
・有機系のブラック研究室に所属し円形脱毛症と盲腸になりながらも大学院を修了。
・名古屋の商社に入社。
・占い師として活動を始める。
・にしけいポン開設。
・気学の開祖、園田真次郎師の直系師匠に弟子入りする。

■2013年(25歳)■
・たまたま立ち話をしていたインド人にすすめられて結婚する。

■2014年(26歳)■
・実家で飼っていた愛犬の死が引き金となりクンダリーニが覚醒する。
・娘が生まれる。

■2015年(27歳)■
・手相教室、気学教室を始める。

■2016年(29歳)■
・朱翠藍堂(スズランドウ)として自営業を始める。
・占い師派遣サービスを始める。
・息子が生まれる。
・BL小説家としてデビューする。
・手相占い研究10年目の節目に「陰陽エントロピー手相術」を出版する。
・愛知北FMで月1レギュラーでしゃべるようになる。

■2017年(30歳)■
・手相教室「東京教室」「大阪教室」開始。

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